Magazineマガジン
NEW
技術【製造業DX】熟練の勘をデータに変え、お客様へ安定品質を届ける。アーケム名張工場が挑む、全員参加型DX
NEW
技術【製造業DX】熟練の勘をデータに変え、お客様へ安定品質を届ける。アーケム名張工場が挑む、全員参加型DX
2022年、新たなスタートを切ったウレタンメーカー「アーケム」。再出発にあたり、製造現場をさらなる高みへと導く重要施策として掲げられたのが「DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進」でした。
その先陣を切ったのが、アーケムビジネスジャパン名張工場です。主要事業である「シートパッド(自動車用座席)」と「スラブフォーム(マットレスやまくらなどの様々な製品に加工する前段階のウレタンブロック)」の二つの製造現場で始まったのは、単なる効率化を超えた「人とデジタルの融合」という挑戦でした。プロジェクトを牽引した4名のキーマンに、その軌跡をインタビューしました。

|20年越しの課題への挑戦。なぜ今、DXだったのか?
―プロジェクト始動の背景には、長年の課題があったと伺いました。
稲垣さん:今回のプロジェクト最大の目的は、会社としての競争力の強化でした。当社の強みは熟練技能者の卓越したスキルですが、それは裏を返せば「特定の個人に頼る属人化」という課題でもありました。現場のデータ自体は蓄積されていたものの、その多くは紙の帳票や独立したファイルに留まり、相関関係を分析するまでには至っていませんでした。そのため、気温や原料の変化による性能のバラつき、それに伴うロスを完全には防げない状況が続いていたのです。
根本さん:シートパッドの現場も同様です。私は前身の会社を含め入社して20年になりますが、入社当初から原因不明の「硬度のバラつき」という難題に悩まされてきました。その日の気温なのか、原料のロット差なのか、それとも製造の速度なのか……。無数の因子が複雑に絡み合い、ベテランの経験値をもってしても「真の正解」に辿り着けませんでした。暫定的な処置を繰り返すしかないストレスフルな状況が続く中、それをDXで打破したいと考えたのです。

|「熟練の勘」を「確かな数値」に置き換える
―その課題に対し、どのような技術を導入したのでしょうか。
福本さん:スラブ製造の現場には、AIを活用したプロセス調整システムを導入しました。これまではベテランが長年の「勘」で行ってきた繊細な製造条件調整の暗黙知を、過去の膨大な製造データを学習した統計モデルへと変換したのです。これにより、環境変化に応じた最適な製造条件の「物性予測」が可能になり、経験の浅いスタッフでも迷わず最適解を導き出せる環境を構築しました。
稲垣さん:ハード面では、従来は目視で行っていたブロック形状の角形調整作業を、高精度センサーを使用したデータ自動収集と自動制御へと切り替えました。0.1ミリ単位のデジタル制御を導入したことで、人の感覚の揺らぎを排除し、品質のバラつきを極限まで抑え込むことに成功しています。

島さん:シートパッド側では、まず工程間のデータ分断を解消し、一元管理できる基盤を作りました。これにより、「成形時のわずかな条件変化が、最終的な製品硬度にどう影響するか」といった因果関係を、瞬時に特定できる解析体制が整いました。
|現場の連携と苦難
―導入はスムーズに進んだのでしょうか?
根本さん:いえ、初期段階では大きな壁にぶつかりました。これまでも製造データは蓄積していたものの、今回のDXによる「解析」に最適化された形ではありませんでした。
そのため、まずは蓄積された膨大なデータを整理し直し、新しいシステムへ橋渡しするための「設計図」をゼロから作り上げる必要がありました。この土台作りが、プロジェクトで最も根気と時間を要した部分かもしれません。
福本さん:システムが形になり始めると、現場からも「この相関図も出したい」「予測の根拠をもっと深掘りしたい」といった具体的な要望が上がってきました。
現場のニーズを汲み取りながら、いかに使いやすく、かつ実用性の高いシステムに落とし込むか。理想と現実のギャップを埋めるための細かな調整は、試行錯誤の連続でした。

稲垣さん:スラブ製造の現場は特に関係者が多く、気温や原料の変化に応じた微調整など、言葉にできない「熟練の勘」が品質を支えてきた領域です。その暗黙知を解き明かし、デジタルという共通言語へ翻訳していく作業は、大きな挑戦でした。
また、操作がデジタル化されれば、長年続けてきた作業動線も変わります。現場の皆さんが違和感なく新しい仕組みを使えるよう、「現場目線の操作性」にもこだわりました。
―現場への浸透にあたって、意識されたことはありますか?
稲垣さん:現場を置き去りにした「システム導入の押し付け」にならないことです。実際にシステムを動かすのは現場スタッフですから、彼らの理解と納得感なしには、真のDXは成し遂げられません。
そのため、ある工程では、あえて2年という歳月をかけて段階的なシステム導入を進めています。まずは複数ある設備のうち、1台だけにシステムを導入する。そこで見えてきた改善点や、現場スタッフからの「もっとこうしてほしい」というフィードバックを、一つひとつシステムへ反映させる。そして翌年にはその実績をもとに、2台、3台と対象を広げました。
一見遠回りに見えますが、現場との「対話」を積み重ね、現場独自の知見や改善案をシステムへ確実に反映させることで、真に使いやすく最適な自動化を推進するための最短ルートであると考えています。
|データ主導で「品質安定」と「ロスの最小化」を実現
―具体的な効果は、すでに出始めているのでしょうか。
稲垣さん:スラブ製造においては、廃棄ロスを大幅に削減できています。また、これまで現場スタッフに重くのしかかっていた監視・調整の負荷を軽減できたことも大きな成果です。
現在は生成AIも活用しており、規格ファイルの内容をAIが自動回答する仕組みなど、人がより本質的な活動に集中できる環境へと進化しています。
根本さん:シートパッド側では、長年苦しんできた「硬度のバラつき」の正体が見えてきました。
根本の原因解消までは道半ばではありますが、膨大なデータ解析の結果、品質を左右する重要因子を数項目にまで絞り込むことができました。もちろん、最終的な原因究明や対策の実行には、人の経験や感覚が不可欠です。しかし、これまでは「霧の中」を歩いていたのが、今は「どこを注視すべきか」という地図を手に入れた感覚です。ここからは真因を突き止め、品質安定化という実効果へと繋げていきます。
|「全員参加型DX」で描く新しい景色
―最後に、今後の目標についてお聞かせください。
根本さん:シートパッドの現場を悩ませている「硬度のバラつき」という問題を根本から解決し、現場の皆さんが本来の仕事に集中できる環境を整えたい。今回のDX導入により、これまで定性的な感覚で議論されていた内容が、データやグラフに基づいて議論できるようになりました。これからは他部門も含めた総合力で問題解決にあたりたいと考えています。
島さん:名張工場では、多種多様なニーズに応える幅広い品目のシートパッドを生産しています。この膨大な生産状況をリアルタイムのデータで監視し、いかなる時も揺らぎのない品質を維持する体制を確立したいです。
その実現こそが、お客様への最大の貢献であり、アーケムが世界に誇る「製造の基盤」になると確信しています。

福本さん:今進めている成功事例を全てのラインに広げていくことで、より高い精度で現場が自律的に回る体制を築いていきたいです。
稲垣さん:そのために、今後は「DX勉強会」を開催していく予定です。一部の担当者だけでなく、現場の全員がDXの知識を持つことで、ボトムアップで新しいアイデアが生まれるような「全員参加のDX」を実現したい。全員が同じ目線で未来を語れる組織を目指します。